イツに出掛けた。ベルリンのヨースケさんの家でHEAVYは生まれた。いつも書き物とスケッチブックは一緒でどこでも描いた。外の気温は零度を下回っていた。アルバムのメインとなるレベル戦車(通称)はSが東京で最終組み立てに掛かっていた。それに兵隊の銃君(通称、戦車に乗ってる奴。)を加えて、それぞれの担当をロンドンに持ち帰って東京と時同じタイミングでもってGUNS OF RIDDIMのアートワークはファイナルに向かった。そんな事があったな。もう1年も経つのか。何処にいても孤独な作業もDFSのモチベーションでもって東京ロンドン間の距離も感じさせない制作だったな。各街の影響も少なからず受け東京〜ロンドン〜ベルリン〜東京って経由して関わって来た(侍)の襲撃を1年後名古屋で見届るなんて。あの製作期間時、一緒にアンコール中のKRUSHさんのライブも強行突破して見に行ったなー。そんな事あったな。Sの相棒Rのお土産買いの熱意にも押されて人混みを掻き分けてリバティまで走ったな。(その間Sは持病を抱えていた為走る事ができずビクトリア駅に置き去り。)制作も大変だった事も旅行中の出来事も重なっていろいろ思い出してた。後ろを振り返りVJの映像とオーガナイズしたアンディーの顔を交互に鑑賞しました。おつかれさま!がRFのライブ後、あまりの衝撃に耐えきれず名古屋は絶望の淵に立たされた。何を持ってして対抗すればよいか。しかし、名古屋は壊滅しなくてすみました!!なぜならブースに伝説のマイク持ち、ヘッドクラッシャー、MC AGO a.k.a KAME またの名をAGO Special時には亀八先生。が登場したからです。